柱。六本。能舞台。ここで何を演じれば? 正解なんて無いでしょ。「考える」って、こういう事。この写真、滋賀県大津市・蝉丸神社で撮影しました。|矢嶋ストーリー作品『I thinkでいこう』より。文と写真は矢嶋剛。

§02 正解に負けないで


日本の義務教育は記憶に重点を置きます。
確かに、字の綴りや足し算・引き算などは憶えないと使えません。ですから、取りあえず、憶えます。

「しっかり憶えてね」と願いながら、小・中学校はテストを課します。正解に○、不正解に×をつける、あのテストです。

結果、小学生・中学生の間では「全問正解→100点満点→たいへんよくできました」な世界が常識となります。

この常識は、高校でも原則として引き継がれ、大学受験や資格試験でも用いられます。実に長い間、「全問正解→100点満点→たいへんよくできました」をわたしたちは求められます。その結果、知らず知らずのうちに「正解を答えれば、always OK!anywhere OK!」を生きる術として心身に染み込ませていきます。

この割り切り(正解至上主義とでも呼んでおきましょう)は、あなたの「考える」をいろいろな面で萎縮させます。たとえば、こんな風に。

「こう考えたんだけど…」(あなた)
「でも大丈夫(≒正解)?」(周囲)

たったこれだけの、この短いやり取りで
あなたの「考える」は潰されそうに…
でも、悔しいから、ちょっと粘って、

「大丈夫とかじゃなくて…」(あなた)
と続けると、今度は

「(あなたの判断は)いいから!」
「本とかに出てる?」(周囲)
と、「権威」で封じ込めにかかります。

「このままでは、話さえ聞いてもらえない!」
そう直観したあなたは、こう切り返します。

「実は、あの有名な○○…」(あなた)
「権威」に「権威」で対抗。すると

「そうか~(納得)」(周囲)
で場は収まります。めでたし、めでたし?

そう。この決着の付け方は変。
前提が、あなたの「考える」なんて正解に比べて大したことない!なのですから。

あなたは「納得いかないなぁ」「悔しいなぁ」と思うでしょう。このとき、例の生きる術「正解を答えれば…」が、あなたにそっと囁(ささや)きます。

「そんなに熱くならずに行こうよ。
『はい、そうですね』でいいじゃん」

面倒くさくなったあなたは生きる術に足下に。
師、曰(いは)く「長いものに巻かれろ」

このパタンで、ご自分の「考える」の芽を自ら摘んでしまう人、多そう~。

「どうせ結果は同じなんだから」と、いつの間にか正解ばかり探すようになって、正解さえ手にすれば安心するようになって…。

でもこれ、
正解至上主義が通用する世界だけの常識。
「考える」がフツウの世界では通用しません。
次回は、そんな話を書いてみます。


柱。六本。能舞台。ここで何を演じれば? 正解なんて無いでしょ。「考える」って、こういう事。この写真、滋賀県大津市・蝉丸神社で撮影しました。|矢嶋ストーリー作品『I thinkでいこう』より。文と写真は矢嶋剛。
柱。六本。能舞台。自然と一体になったこの空間で、何を演じればよいのでしょう? ほら、正解なんてないでしょう! 「考える」って、こういう事です。この一枚、滋賀県大津市・蝉丸神社で撮りました。

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