眼下の流れを見ても、川の事、分かりません。だから視線を上げ、空も一緒に眺めると…ほらね!  この風景写真、静岡県・大井川で撮影しました。|矢嶋ストーリー作品『I thinkでいこう』より。文と写真は矢嶋剛。

§09 流れを見渡せ!


表現が豊かになり、「伝える」工夫に気が回るようになると、「書く」流れが見えてきます。
たとえば有名な「起承転結」。この流れが見えてきます。


★起
「こんな話が始まるよ~」と小さく予告
(ウンウンとなり)

★承
「話の枠を広げてみるね!」とテーマを宣し
(盛り上がり!)

★転
「別の角度から眺め」て虚を突き
(そうなんだ~と思わせ)

★結
「話のツボ、わかった~」でスッキリ
(納得感アップ!)


こんな作意に気づきます。


そうか!「起承転結」の流れ、
★転 でドキッとした読者の心を
★結 で落ち着かせて…。

ひょっとして、壁ドン系?
確かにそれなら「なるほどね~」「賢い~」になりそう~。

こんな効果に気づきます。


ここで勘の鋭い人は…
ピンと来ます。

・作意があるから得意が出来る。
・得意があるってことは、不得意もある。
・ひょっとしたら、万能じゃない?
・弱点あるんじゃないの~?

を疑うようになります。


素晴らしい! その通り!

「起承転結」には弱点があります。
なんだか、わかりますか?

実は「起承転結」、
長々と書いて最後に結論へ辿り着く「流れ」なので、「何を言いたいのか、早く言ってよ!」には不向きなのです。

文は「起承転結」が正解!なんて呪縛です。
(思い込んでいる人、多そう~)


そんな感覚で「書く」流れを見渡せるようになると、気づくこと多々。


たとえば、新聞記事。「この、結論を先頭に置く流れ、スッキリだわ~」なんてね。事実、新聞記事はスッキリを求め、以下の流れで構成します。

まず見出しでドーン(一目で何が書いてあるかを読者に知らせます)。
次に簡潔な事実(記事は常に事実。5W1Hの5Wを優先。1Hは余地次第)。
最後に事実について若干補足(報じた事実がどう展開するかについて)。そして幕。
注)昔、新聞記事、書いていました。

では、大学で書く学術論文は、どんな「流れ」になっているのでしょう? 学部で書く学士論文(いわゆる卒論)も学術論文の1つです。その学術論文、社会科学の場合は大体こんな構成です。

「問題の所在」(何を研究したのか!を説明します) →「仮説」(この研究で証明したい事はコレです) →「実証」(証明できました/できませんでした) →「結論」(この研究で分かった事は▲▲▲です) →「課題」(この研究に残された課題は△△△です)。

この「流れ」を学術論文は崩しません。理由は、研究成果を世界中の人と交換したいから。学問って「あなたと私、実は同じ問題について研究していたんですねぇ。私はこんな結果でしたけど、あなたはどうでした?」で盛り上がりたいんです。

だから共通点と相違点が判るように同じ形式で記述し合って! それでも結論が最後になって分かるんじゃイライラするので、学術論文でも「問題の所在」の前に「全体の要約abstract」を置く場合も多いんです。

一見すると、ちょっと難しそうな、
こんな「書く」流れにも気づいちゃいます。


他にも、書く「流れ」、色々あります。

黒澤明監督の映画、『七人の侍』は
状況設定(農民ピンチ!)→ 成り行き(侍&農民vs.略奪する野武士たち)→ 決着(侍&農民の勝利)→ 解釈(真の勝者は農民)→ エンディング

で紡がれていきます。ラストシーンまでドキドキしながら夢中になって、最後に「こういう事でした~」と指差し確認して、観客たちは「うんうん」と納得して映画館を出る。そんな「流れ」で描かれています。

同じ映画でも、アメリカン・ニュー・シネマと呼ばれた作品群は違います。たとえば『真夜中のカゥボーイ Midnight Cowboy 』は、

状況設定(カゥボーイ、ニューヨークへ)→ 成り行き(彼女と出会い)→ 成り行き(彼と出会い)→ 成り行き(いろいろあって)→ 成り行き(去っていく)→ エンディング

となっています。『七人の侍』のような解釈、「こういう事でした~」は無し。「え~、終わり~?」のまま、観客は映画館を出ます。この余韻を狙った「流れ」なんですね。

落語家、立川志の輔さんの創作落語は「流れ」的に『七人の侍』に近いですかね。代表作「みどりの窓口」は…

リラックス→ 落ちを楽しむ準備運動→ 噺→ 落ち→ クスリ(笑い)→ 余韻(そういう事でしたか)

で展開します。実に勉強になります。

他にも紹介したい「流れ」、あるんですけど。
切りがないのでこの辺で。

ここまで来れば、難しそうな本がスイスイ読めるようになりますよ。
次回は、そんな話をスイスイと。


眼下の流れを見ても、川の事、分かりません。だから視線を上げ、空も一緒に眺めると…ほらね!  この風景写真、静岡県・大井川で撮影しました。|矢嶋ストーリー作品『I thinkでいこう』より。文と写真は矢嶋剛。
物事って狭く捉えちゃダメ。その方が楽ですが、全体を見ていないので誤認しやすいのです。この感覚、川の風景に通じます。眼下の流れを見ていても川は見えません。でも顔を上げると…。この写真、静岡県・大井川でパチリ。

読んでくれて ありがとう